12月8日

三度目の心臓病で済生会川口総合病院に入院

 明日香村の祝戸地区には、国営飛鳥歴史公園内にたたずむ唯一のロッジ風宿泊施設「祝戸荘」があり、毎月一回「あすか塾」という歴史講座を開いている。この講座のユニークなところは、午前と午後の講演の間に里山料理を用意してくれることだ。それが楽しみで、橿原のアパートにいるときは、愛用のチャリンコを駆ってできるだけ参加している。

明日香村の祝戸荘
明日香村の祝戸荘
 飛鳥観光をサイクリングでおこなったことがあるなら、だれでも実感していると思うが、実はこの付近の土地は東から西へ、そして南から北へ緩やかに傾斜している。したがって、橿原市内から祝戸荘に向かうには緩やかな上り坂になり、自転車のペダルを始終踏まなければならない。逆に、祝戸荘からの戻りは、ほとんどペダルを踏まなくても自転車の自転だけで戻ることができる。

 10月13日、第220回あすか塾が開催された。興味深いテーマの講演だったので、いつものように自転車で出かけた。普段は急な上り坂がある3カ所だけは自転車を押して上るのだが、その日はほとんど平地に近い坂道でも50mも進まないうちに、呼吸がひどくなり息切れがした。そのため自転車を降り呼吸が落ち着くのを待って、またこぎ出すということを繰り返した。結局自力では祝戸荘まで到達できず、途中の道の駅に自転車を預けて、循環バスで石舞台まで行き、なんとか講座の開始時間に間に合った。

埼玉協同病院
埼玉協同病院
 なにかがおかしい。はじめて己の体調の異変に気づいたのはその時だった。だが、何が原因なのかは分からなかった。平地なら普通に歩けて動悸も息切れもしないのだ。あるいは体力が急に落ちたのでは・・・といぶかりながら、11月の始めに家内の三回忌のため自宅に戻った。そして12月1日の朝方、ベッドで横になっているにもかかわらず呼吸が乱れ、気管支がゼーゼー言い出した。熱はなかったが、正月に風邪をこじらせ肺炎を患った時の症状と似ていたので、最寄りの埼玉協同病院の診察を受けた。

 レントゲン撮影と心電図の波形を見て、担当医は、
「心臓の機能が落ちてきたため肺に水が貯まっています、利尿剤で水を出してしばらく様子をみましょう」
と診断してくれた。しかし、症状は良くならなかった。3日後の12月4日は、済生会川口総合病院の循環器内科の定期問診日だったので症状を訴えると、やはりレントゲン撮影と心電図検査で肺に水が貯まっていることが確認された。そのため、入院して治療してほしいと頼み込んだが、主治医の判断は、入院するほどの重症ではない、とのことだった。それに病院のベッドが全てふさがっていて救急車で搬送されてきても他の病院へ移送してもらっているのが現状だと、けんもほろろだった。

済生会川口総合病院
済生会川口総合病院
 12月8日の土曜日は娘の誕生日だった。久しぶりに一緒に映画でも見て帰りに旨いものでも食べようと約束していたが、病状は悪化していた。家の階段を登っただけでも激しい息切れがし、狭心症用のミオコールスプレー(ニトロ)を舌下に吹きかけてもほとんど効き目がなかった。そのため、息子の運転で再び埼玉協同病院を訪れて入院加療を申し込んだ。幸い空きベッドはあった。しかし、担当医は二十年以上に渡って小生の心臓を見てきている済生会川口総合病院の方が多くのデータが揃っておりそちらでの入院を勧めた。そして、わざわざ電話で入院が可能なのか確かめてくれた。幸い周末に複数の退院者が出たため、今なら受け入れ可能との返事があった。

集中治療室で拘束中の筆者
集中治療室で拘束中の筆者
 埼玉協同病院からは救急車で搬送され、直ちに6階のナースステーション脇にある集中治療室に入れられた。点滴の管が何本も刺され酸素マスクを付けられ、なんとも惨めな姿で3日間をすごすこととなった。



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