12月25日

一般病棟での応急処置

国際医療センターから毛呂山の大学病院を望む その右手
国際医療センターから毛呂山の大学病院を望む その右手

 埼玉医大国際医療センターは、毛呂山にある大学病院から南東へ約2.5キロの地点に位置している。もともとは大学病院にあったがん、心臓病、脳卒中という三大成人病および救急医療の専門領域を大学病院からこちらに移して、より高度で先進的な医療を実践する目的で国際医療センターが5年前に開院した。そのため、この二つの病院は相互補完的な医療体制を取り、一つの病院であるかのように連携し、一つのメディカルセンターを構成している。夜、病院の窓から毛呂山方面を見ると、大学病院が白く輝いて見える。

 小生は糖尿病患者で、済生会川口総合病院の内分泌科にずいぶん長い間世話になっている。定期問診日は予約の1時間ほど前に血液検査を受けているが、最近は主治医がヘモグロビンA1Cの値ばかりを気にするので、瞬間値はあまり気にしなくなっていた。実は12月の初めに右目の白内障の手術を受ける予定でいたが、10月のヘモグロビンA1Cの値は6.9だった。主治医は、もうちょっとA1cの値が改善すれば白内障の手術を許可しょうと言っていた。それが2ヶ月後には7.1と悪化し、このセンターに入院した時点では7.7にまで悪くなった。信じられないほどの変化である。

 入院してから1日三回血糖値を計るが、値はまちまちだ。最高値は食後には250を超えることもあるが、食前は120〜130の時もある。血糖値が高いと、術後の傷口が治りにくいなどの弊害があるようだ。そのため術前に血糖値を80以下に下げておく必要があり、入院翌日から1日三回腹部にインシュリン注射を打たれることになった。

 小生は心臓病、糖尿病に加えて高血圧も患っている身である。自宅では毎朝起床時血圧の測定か゛義務づけられてきた。降圧剤を服用していたので最大血圧120〜135、最小血圧80〜85で推移していた。それが済生会に入院してから最大血圧が100を切るようになり、このセンターに移ってからは90を切っている。あまりに低いので、看護婦は左右の腕を変えて測定し直している。右腕の方が若干高い。 なぜ血圧が落ちてきたのか分からなかったが、後に医師の説明では心不全で心臓の機能が弱くなってきたためではないかとのことだった。

 本日の午後、前のベットの青年が突然苦しみだし呼吸困難に陥った。まだ二十代の痩せ形の青年である。手術室に移す余裕もないらしく、ベットがそのまんま手術台となった。数人の医師と看護婦が駆けつけ、肺から水を抜く応急措置を行うらしくカーテンの向こうは騒然としていた。やがて看護婦が来て、同室の患者さんは処置が済むまでしばらく談話室に待避していてくださいと告げた。

 普段はカーテンで仕切られてほとんど顔を合わせた事のない隣のベッドのA氏と、はじめて談話室で親しく口を聞いた。A氏は恰幅のよい60代の男性である。日赤病院からこのセンターに搬送され、今月17日にバイパス手術を受けたそうだ。そろそろ退院の時期である。本日久しぶりにシャワーを浴びることを許可され、サッパリした様子だった。バイパス用の血管を抜き取った場所として左足を見せてくれた。太ももから足首にかけて足の内側をまだ血のにじんでいるような赤い線が一直線に真っ直ぐ延びていて、思わず目をそらしたくなった。普通の体質なら、その線は細くなり、やがて皮膚に同化して分からなくなる。だがケロイド体質の小生の場合は、術跡はいつまでも残るようだ。



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