12月27日

冠動脈バイパス手術の日

 バイパス手術の朝が明けた。朝の回診の時、突然手術の順番が変わり午後3時ころになりますと告げられた。手術室に入るのは午後2時ごろで、それから全身麻酔をかけられて、手術に5時間ほどかかり、麻酔から覚醒するのは翌日です。それから集中治療室で3日間過ごします。その間は誰ともコンタクトが取れませんとのことだ。執刀医はどなたですかと聞く、私ですとの返事が返ってきた。それが新浪博教授だった。

 新浪教授は昭和62年に群馬大学医学部を卒業し、順天堂大学、女子医大に勤務して多くの心臓手術の実績を有する医師である。運動で鍛え上げたようながっしりした体型の上に四角い顔をのせている。声も大きい。不思議とこの医師なら命を預けられる気になった。まだ先のことのように思えた運命の瞬間が急に目前に迫った感じがしたが、恐怖も焦りも感じなかった。

エントランスホールに飾られた看護婦の祖
エントランスホールに飾られた看護婦の祖
ナイチンゲール像(左)と現代医学の祖
ヒポクラテス像(右)。制作:吉岡正人二期会会員
 ところが、その安心感が揺らいだのは、術前に大動脈内バルーン・パイピングの処置を施すと告げられた時だ。そのために手術衣に着替えて11時にはカテーテル室に入ってくださいと言われた。バルーン・パイピング(IABP,Intra-aortic balloon pumping)とは、急性心筋梗塞や心不全などで心機能が低下した場合に用いられる治療法で、胸部大動脈内にバルーンカテーテルを挿入し、心拍に合わせてバルーンを膨張・収縮させることによって心臓のポンプ機能を補助するための処置だ。小生の心臓機能はかなり低下しており、術中に予期せぬ変化が生じないようにするための事前の処置だ。

 午前11時に手術衣に着替え、車椅子でカテーテル室へ向かった。ところが2つあるカテーテル室のいずれにも「使用中」のランプが点灯している。前の患者の処置が長引いているという。一般病棟に戻って待機することになり、12時に再びカテーテル室に向かった。カテーテル室の内部は済生会川口総合病院のそれと似ていたが若干広い印象を受けた。部屋の中央に手術ベッドが置かれ、その脇にモニター画面が並んでいる。ただ、こちらは冠動脈造影用のビデオカメラが2台設置されていた。

 右足太ももの大腿動脈からカテーテルが挿入され、胸部大動脈内のバルーンが置かれたようだ。この処置にそれほど時間はかからなかった。その後、ストレッチャーに乗せられ、C棟4階の手術室に運ばれた。薄緑色の壁に囲まれた手術室はかなり広く、中央の天上に設置された3つのオペ用ライトの真下に黒っぽい手術台が長々を置かれていた。既に執刀医の新浪教授が術衣に着替えて待機し、第一助手と第二助手を務める医師スタッフ、および数人の看護師も準備を整えて手術台のまわりにいた。

手術直前の筆者
手術直前の筆者(ラウンジにて)
 映画「チーム・バチスタの栄光」の撮影もこの部屋で行われたのかもしれない。そう思うと、先日読んだ原作の臨場感あふれる描写が脳裏に浮かんだ。顔面に酸素マスクが付けられ、しばらくして麻酔を担当する医師がこう言った。
「これから酸素マスクの中に麻酔を注入します。段々眠くなっていき、5分後には意識が途絶えるでしょう。よろしいですか?」
軽くうなずくと、やがて全身麻酔のための麻酔が酸素と一緒に送り込まれたようだ。やがて眠気を感じ、それも束の間で意識が朦朧として消えていった。小生が記憶しているのは、そこまでである。

 手術室に入室してから執刀が開始するまでには完全に全身麻酔がかかるまで1〜2時間待つようだ。その間に胸骨正中切開のために胸毛を剃り、消毒が行われる。全身麻酔が確認されて、胸の中央がメスで切り裂かれ、次いで肋骨が何本か切り取られ、心拍動下手術すなわち心臓を停止させず心臓が拍動したままで執刀する「オフポンプ手術」が行われた。以前の人工心肺を必要とした術式に比べると、このオフポンプ手術は技術的には難しいが、合併症が少ない、心臓への負担が少ない、全身への負担が少ない、回復が早いなどのメリットがあり、近年は主流になりつつある。今年の2月に行われた平成天皇のバイパス手術でも、執刀医の天野篤医師はこの方式を採用した。

 手術が終わっても、手術室を出るまで1〜2時間様子を見るらしい。手術室の前で待機していた娘の話だと、手術室から集中治療室へ移されたのは、午後8時過ぎとの事だ。手術室を出た所で、執刀医の新浪教授は、
「手術は無事終わりました。三本のバイパスを施しました」と告げたという。麻酔をかけられて昏睡状態の本人はむろん知るよしもない。



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