12月29日

神はまだ我を見捨てなかった!!

埼玉医大国際治療センター
埼玉医大国際治療センター

 埼玉医科大学国際治療サンターは、各地の医療施設の設計を行っている伊藤喜三郎設計研究所の設計によるものである。地上6階、建物築面積16,653平米、延べ床面積66,644平米の医療施設として平成19年1月に竣工した。まことに奇妙な建物配置をしていて、中央のC棟に手術部門や中央検査部を配し、その四方に病棟を配している。

A棟4階の集中治療室
A棟4階の集中治療室
 航空写真でみると、その配置が獲物を狙うワニのようにも見える。中央の玄関部分が頭で、4つの病棟が両手足、そして長く延びる尾のようだ道路。心臓病集中治療室(CICU ,Cardiac Intensive Care Unit)は、A棟の4階にある。そこで麻酔から目を覚ましたのは午前7時頃だった。てっきり28日の朝だろうと思ったが、後で看護師に確認すると29日の朝だという。つまり、麻酔薬が効いて小生は手術後の28日を一日中こんこんと眠り続けたことになる。

 小生が眠りから覚めて、物音や人の動きを感じることができるようになって、はじめてこの世に生還できたことを実感した。神はまだ我が命を見捨てることをしなかったのだ。そのことに深く感謝しなければなるまい。麻酔から目覚めた小生に気づいて一人の看護師がやってくると、
「今から喉に入っている人工呼吸器の管を抜きます」
と言うなり、小生の口から喉の奥深く入れてあった二本の太い管をいきなり抜き取った。一本は術中の吸気用、もう一本は排気用である。管を抜くとき幾分手荒に扱われたせいか、声帯が傷付けられた。そのため、本日は一日中声が出なかった(そのうち直りますよ、と看護師は気にもかけてくれなかったが、一週間を経てもかすれ声は直らなかった)。

 集中治療室の病床の数と看護師の数を聞いてみた。ベッド数は14、それに対して看護師は総勢41人。三交代勤務で、昼は17人ずつ、夜は7人が詰めているとのことだ。意外なことに1/3は男性看護師だと言う。言われて見れば、夜の看護は男性が多い。

トライボール
トライボール
 看護師がトライボールというおもちゃのような器具をテーブルの上に置いていった。三本の管を連結したもので、それぞれの管には左から1秒当たり800mL、900mL、1200mLと目盛りが記されていて、中にボールが入っている。管の先に取り付けられた口を噛んで息を吸うと、吸い込む空気の量でボールがはね上がる。器具を上下逆にして息を吹きかけると、吐く空気の量にしたがってボールがはね上がる。この器具によって肺活量を高めるので、定期的に呼吸法を練習しなさいとのことだ。

 麻酔から解放されて先ず悩まされたのは、気管支に詰まった痰(たん)の処理である。体力がなくなってしまって、どんなに咳払いをしても痰を吐き出すことができない。そこで看護師が手助けをして痰を切ってくれるのだが、その方法がなんとも前近代的だ。口や鼻から細い管を気管支の奥まで差し込んで咳をしなさいと命じる。そして、気管支から痰を吸い上げようとするのだが、その時の患者の苦しさといったら筆舌しがたい。患者がその時発するゼーゼーという金切り声は、本日から昼となく夜となく集中治療室のあちこちで聞くことになる。

集中治療室はコンピュータに制御されたデータ管理社会

 集中治療室では、患者が身体に埋め込まれたさまざまな管や点滴用の針が取り外されて歩行訓練が行われるようになるまで数日間、ベッドの上の生活を余儀なくされる。ここで患者の一日の生活パターンをまとめて紹介しておこう。

 起床は午前6時、室内が点灯され、看護師はまず検温と血圧測定、さらに血中酸素濃度を調べるための採血を行なう。これらの検査は4時間置きに一日6回繰り返される。朝食は午前7時。その後、タオルによる身体拭きとベッドの上でのレントゲン撮影、それにハンモックにようなもので吊り上げられて体重測定が行われる。昼食は12時、夕食は午後6時。昼食後は特に何することもなく、ベッドに安静に寝ていて、自然治癒で身体の復旧を待つ。

 排便もベッドの上で行なう。看護師に告げると、便器を持ってきて下着をずらし、尻の下にその便器を置いていく。大学時代下宿で生活を共にしたM君がメールで面白い話を伝えてきた。ドイツ駐在時代、現地の病院に入院したとき、排便はベッドの上に置かれた便器に座って衆人環視の中で行わなければならず、とても恥ずかしかったそうだ。日本ではそんなことはない。看護師が気を利かせて、周囲のカーテンを閉めていってくれる。

 集中治療室では入口近くの6人部屋だったせいもあり、病室のほぼ全体を見通せる。最新の医療センターはコンピュータに制御されたデータ管理社会そのものと見なして、まず間違いない。麻酔から覚醒してまず目についたのは、14のベッドのそれぞれに、2台のノートパソコンが前面に置かれ、背後にも2台のモニター画面が置かれている。パソコンの画面はベッドからは見えないが、後ろのモニター画面は首をひねれば見える。患者の身体に装着された電極から送られてくる心電図の波形や、最高血圧/最低血圧の数値、血中酸素濃度の値がオンラインで表示されている。

 看護師たちは、一日六回定期的に測定した体温、血圧、血糖値、酸素濃度、それに体重などの測定データを前面のパソコンに入力し、必要に応じてコメントを書き込んでゆく。一人で複数の患者の面倒を見ているから、パソコン上でのチェックやデータ入力に余念がない。

 胸や首に管を埋め込まれ、両手に点滴の管が刺され、さらに酸素マスクを装着された状態では、患者はベッドの上で起き上がることすらできない。なぜかベッドも電動ではなく、背もたれの角度を変えるのさえ一人ではできない。そのため、患者の手足となって動いてくれるのが看護人だと思っていた。だが、何か頼み事をしても、パソコンへのデータ入力や画面に表示される点滴の量などのチェックに時間を取られ、こちらの頼み事などよく忘れられてしまう。

 一般病棟の看護師と同じく、集中治療室でも女性看護師は同じスタイルである。皆一様にポニーテールに髪を結び、顔をマスクで隠している。これは感染予防のための必要な措置で、全員に徹底して励行させている。感染予防と言えば、なにか用事を頼むと、看護師は必ずリトリル手袋をつけ、プラスチックエプロンに取り替えてやってくる。作業が終わると、惜しげもなく手袋とエプロンを脱ぎ捨て、ゴミ箱に捨てている。

 最近の流行なのか、女性看護師は眉毛を細くそり上げ、マスカラで睫毛を伸ばしたり目張りを入れて目の表情を強くしている。その上に半袖の紺のシャツと白のズボンを着用しているから、マスクを黄色のくちばしに置き換えれば、皆同じ子カラス天狗に見えてくる。一方、看護師からみれば、患者は単なるデータ管理の対象にしか見えないのだろう。患者との受け答えもマニュアル通りで、患者に対するいたわりの気持ちなど感じられない。これでは血の通った看護など期待するほうが無理だ。

 データ管理社会では、そこで働く従業員にも徹底した合理化と効率を求める。その事が時には歪となって体制の内部に蓄積していく。ベッドに横になりながら、子カラス天狗の働きぶりを見ていると、何かのきっかけでそうした歪が吹き出すことはないのかとつい危惧したくなる。後に述べるように、そうした危惧が現実化するのを実際にみることになる。



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