12月31日

子カラス天狗達の素顔

 以前は看護婦といえば女性の専売特許のような職種だった。彼女たちはナースキャップ、衣裳、靴、ストッキングなどすべて白色に統一していたため「白衣の天使」という別名で呼ばれ、世の若い男性のあこがれの的だった。 その職場に男性が進出して来るようになると、彼らを看護婦とは呼べないから看護士と呼ぶようになった。平成14年(2002)3月までは、女性を看護婦、男性を看護士として区別していた。しかし、平成14年3月に法律が改正されて、男女関わりなく看護師と呼ぶようになった。

 小生はスペイン語を学んだ。スペイン語に限らずラテン語系の言語では名詞に男女の区別があり、職業の呼称も男女で違っている。たとえば看護婦はenfermera、看護士はenfermeroである。英語だって演説の冒頭にLadies and Gentlemen呼びかけるではないか。何も無理して男女共通の総称語を作る必要はないと思うのだが、女性蔑視を嫌う団体には我慢ならなかったのだろう。

 今回の衆議院選挙で自民党が圧勝し、組閣した安倍内閣に何人もの女性代議士が入閣した。彼女たちに限定しなくても、当選した女性議員はいずれも○○代議士先生である。女性蔑視を嫌うなら彼女達の呼称も変えてしかるべきだが、何故かそのような運動は聞こえてこない。

 本日あたりになると、一様に子カラス天狗に見えた女性看護師にもそれぞれ違いがあるのを少しは分かるようになってきた。由香ちゃんと呼ぶことにしたYさんは、マスクを外して交替の挨拶をしてくれた最初の女性看護師である。笑うと、笑顔が可愛い子である。

 Aさんは、宮城県出身の24歳の看護師で、あごが突き出た女性だった。名札を見せて、名前が読めますかとイタズラぽっく笑う。見ると「笑」の一字である。ショウと読むのかと聞くと「いいえ、エミです」と答えた。どんな苦しいときでも、笑って乗り越えられるようにと父が付けてくれた名前だそうだ。

 Hさんは、ほとんどが黒髪の女性の中で初めて見る茶髪の看護師である。しかも髪の量が多いのか、後ろ髪を結んで、横に長く垂らしている。髪の結びを解いたら、さぞかし豊かな髪の女性だろうと思われる。しかも、すこぶる長身である。

 Kさんは、小さな顔のくせに黒縁のしっかりしたメガネをかけている。言葉使いや動作が機敏で、相当な女ボスとの印象を受けた。後に、その性格を発揮する場面を見ることになる。

 彼女達は埼玉大学の看護学部の卒業生が多い。聞いてみると、看護師の免許をとるには看護大学なら4年、看護専門学校なら3年みっちり看護について学び、卒業証明書を得てから、さらに国家資格試験に合格してはじめて正看護師になれるのだそうだ。考えてみれば、相当なエリート集団である。


 夜の7時半ころ、屋上の方から不気味な音が聞こえてきた。
「何なの?」と看護師の一人に聞いた。
「ドクター・ヘリが急患を運んできたのです」
「それでは明日はオペがあるの? 正月元旦だぜ」
「この医療センターは救命救急医療施設でもあります。日時を選びません」
救命救急センターとはそういうところなのか、すごいシステムだなと感心した。

 真夜中、壁の向こうの部屋で、患者の一人が突然叫びだした。
「110番に電話しろ!」と盛んにわめき、物を壊す音が集中治療室中に響き渡る。真夜中の集中治療室は、決して静かな空間ではない。相変わらず、あちこちで痰をきるゼーゼー音が聞こえる。人工呼吸器を取り付けられた患者のベッドからは、警報音が頻繁に鳴り渡る。相変わらず看護師の動き回る足音は、周囲が静かになるほど耳障りである。だが、突然の絶叫と器物を壊す物音は異常である。

 どのように対処するのか見ていると、男性看護師の一人がその部屋に入っていき、二言三言話しかけてているようだ。しばらくすると、静けさが戻り、看護師は部屋から出てきた。
「どのように処置したの?」
と聞くと、ニイッと笑って何かを見せた。注射器のようだったがよく見えなかった。おそらく睡眠薬でも注射して眠らせたのであろう。

幻覚が思い出させた記憶−2:我が初恋の物語

 かく言う小生の初恋の相手も看護師、いや看護婦だった。彼女の存在を初めて知ったのは中学1年の冬だったと思う。中学校の講堂兼体育館が完成し、その落成記念に1年生は森鴎外原作の「山椒大夫」を上演することになった。そのとき安寿と厨子王の二人の母親役を演じたのが彼女だった。子供二人を人さらいに掠われて盲目となった彼女が笹竹で鳥追いをしながら、「安寿恋しやホーヤレホー、厨子王恋しやホーヤレレホー」と歌う声は悲しみに満ちて人々の胸を打った。ちなみに小生はその劇で人さらい役を演じたが、台詞は一言しかなかったのを覚えている。

 その後、同じ新聞部員となって何回か校内紙を発行したが、どのような内容のものだったかは良く覚えていない。卒業の日、日章旗を掲げた校門の前で部活の担当教諭と一緒に記念写真を撮った。それが小生と彼女の思い出を飾る最初の写真となった。

 彼女の名前を静子(仮名)と言った。家が貧しかった静子は中学を卒業すると同時に担任の教諭の紹介で大阪市内の個人病院へ看護婦見習いとして就職していった。その後、彼女の消息はしばらく途絶えたが、高校1年の終わり頃、彼女から1通の手紙が届き、それをきっかけに互いに文通するようになった。

 田舎からぽっと出てきて看護婦見習いとして働く日々はつらく苦しかったようだ。看護婦長からは特に厳しく扱われたらしく、日々の苦しさを訴える内容の手紙が毎週のように届いた。小生相手に何かを書き綴ることで少しでも彼女が苦しい日課から逃れられるならと、我ながら几帳面に返事を書いた。彼女から来る手紙の便せんや封筒にはかすかな香水の香りがした。それが彼女の匂いと信じて、次の手紙が来るのを楽しみにしていた。

 大学受験で志望校を大阪外国語大学を選んだが失敗し、大阪に出て予備校に通うことにした。自然とデートを重ねる機会は増えた。しかし深夜勤務明けの寝不足状態の彼女に会っても、それほど会話がはずむはずもなかった。二人が良く出かけたのは、当時梅田駅近くにあった名曲喫茶だった。BGとして交響曲や協奏曲を流している喫茶店ではなく、大型スピーカに向かって並べられた椅子に座って、文字通り名曲を聴くだけの喫茶店だった。

 小生にはクラシック音楽を理解するだけの素養はなかった。それでも喫茶店の椅子の腰掛けて目をつぶりながら、室内をゆったりと流れる旋律に身を委ねている彼女を見ていると、この時間が彼女の唯一の至高の時のように思えて、彼女から帰ろうというまで何時までも付き合った。そんな状態だったから二人の関係はそれほど進んだものにはならなかった。唇を交わすようになるのは、まだ先のことである。

 二回目の挑戦でなんとか志望校に入学できた。一番喜んでくれたのは彼女である。合格祝いに五味川純平の「人間の条件」をプレゼントしてくれた。話題の小説だから買ってくれたのか、それとも主人公の梶のような男になってくれとのメッセージが込められていたのか、いまだに分からないままである。

 その後も名曲喫茶に通い続けた。帰りは病院近くまで送っていき、公園の片隅でキスを繰り返した。あるときは互いに口を吸いすぎて、唇の痛さが2〜3日続いたことがある。だが、その年の夏、突然別れの時がやってきた。

 久方ぶりに夏期休暇で三週間を郷里で過ごして上阪したとき、珍しく彼女から電話があった。
「お話ししたいことがあるの。余りよい話ではないわ」
と、電話の向こうで彼女は冷たく何の感情の高揚も示さず事務的な言葉で言った。8月7日、二人は黄昏時の喫茶店の片隅に席を取った。間接照明が薄暗く照らすテーブルを挟んで、彼女と小生はぎこちなく黙り込んだ。二十日間の離別、それがそうさせたのではない。何か重大な決意をしているに違いない彼女の表情と、それをいち早く知って最悪の状態を予期し震える小生のぎこちなさが、二人を黙らせ、むなしい雰囲気をテーブルのまわりに漂わせるのだ。

 小生の予感は的中した。一気に冷たいコーヒーを飲み干すと、彼女は言った。
「貴方との交際がもうできないわ」
確かにその言葉は、小生にとって瞬間の驚異であり衝撃であった。彼女はその理由をどうしてもうち明けようとはしない。
二人はその喫茶店を出て人通りのない道を歩き続けた。不意に襲ってくる悲しみと体内からこみ上げてくる絶望感を、なんとか破らなければならない。小生は動揺する表情を押し殺して、聞いた。
「君はもう僕を愛していない?」
彼女は激しく首を振ってそれを否定した。
「貴方を愛していないのではない。他に好きな人ができたんだわ」

 小生は脳天に強烈な一撃を受けたと思った。そして、その瞬間にすべてを失いつつあるのを悟った。プラタナスの葉が自動車のライトを浴びて揺れていた。それを見つめながら彼女は言う。
「その人が私に教養を付けてくれって言うの。そのために私は高校へ行くつもりでいるわ。その人が私と一緒になれるなら、酒もタバコも止すと言ったわ」
彼女はその男が同じ病院で働いている大学院の医者の卵であると白状した。もちろん小生はその男の風貌を知らない。いや、性格、姓名すらも彼女は教えてくれない。彼女は固く拒んで話さないのだ。その男と小生のいろんな面の対比において、おそらく小生は決定的に劣っているに相違ない。そうすれば彼女が小生を去るのは至極当然ではないか。自虐の快感が私の胸の中にあり、そのとき受けた衝動を取り乱すことなく受け止める余裕をもった。

 ついに彼女の性格の一面すらも理解できなかった小生に、果たして彼女を愛していたと言い切れるであろうか。彼女の愛を過信するあまりに、自然と彼女に対して傲慢になっていたのではないだろうか。愛の否定、それはむしろ私が行なったのかもしれない。ともかく彼女と別れよう。彼女が幸福になってくれるなら・・・・と、その虚飾に限りない微笑を感じながら、小生はその大義名分を振りかざすことで、彼女から受けるであろう満たすにはあまりに大きい空白を一時的にカムフラージュできる訳だ。

 「ツーラッキー」という店で、二人は交際を始めて以来初めてビールを飲んだ。いつかこうして楽しく未来を語りながら飲むはずだったビールを、今初めて別れの杯として飲み干しているのだ。小生は彼女を難波駅まで送って別れた。
「君と別れるには一つの条件がある。僕の分まで幸福になってくれよな」
ああ、なんと白々しい言葉。遠くで聞く雷の響きほどの疎遠さも感じさせはしない。だが小生はその虚飾に満ちた言葉を最後のセリフとして彼女に言い放ち、振り向きもせずに彼女から去った。

 数日後、彼女から一通の手紙がとどいた。
−今でも私は貴方を愛しています。でもどうしょうもありません。私以上の人を一日も早く見つけて幸せになって下さい−
小生は、その手紙を散り散りに裂いて焼いた。愛することの虚偽。信頼することの空しさ。彼女に二人の愛を裏切られたことで、もはや何人も愛しなければ、信頼することもないだろうと思った。そして、愛の虚偽、信頼の空しさを教えてくれた女を終生忘れはすまいとも・・・



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