1月19日

42日間の入院生活にやっと別れを告げて、本日退院

 1月15日のカテーテル検査の結果を見て、執刀医の新浪教授からいつでも退院できますと告げられた。だが、退院するには問題があった。バイパス手術のとき胸骨を切開しており、閉胸のとき胸骨をワイヤーで固定している。つまり、術後の胸骨は骨折したのと同じ状態にある。そのため胸骨が再生するまでの三ヶ月はバスバンドを着用しなければならず、その間は上半身をひねったり、そらしたりすることは避けなければならない。もちろんゴルフなど体をひねる競技は1年以上たってからになる。

埼玉医科大学国際医療センターを後にする
埼玉医科大学国際医療センターを後にする
 それはいいとして、退院後は4キロ以上の重い荷物を片手で持つことは避けなければならない。入院のため持ち込んだ着替えや洗面具、その他さまざまの物をキャリーバッグに詰め込んだら、優に4キロは超えてしまう。娘と相談すると、会社が休日になる19日の土曜日まで行けないという。その代わり、土曜日には家内の弟が病院から車で30分ほどの所に住んでいるので、叔父さんに頼んで病院から自宅まで車を出して貰うことにしたとのことだ。

 このような事情から、退院は本日の午前中と決めた。10時30分、娘が家内の弟を連れてやってきた。すでに荷物はバッグに詰め込んである。世話になった一般病棟のナースステーションに挨拶をし、治療費の会計を済ませて病院の外に出た。抜けるような青空が上空に広がっていたが、風は冷たかった。明日は大寒の入りである。よりによってこんな日に退院するとは・・・、と娘はぼやいた。

 午前11時、28日間世話になった埼玉医科大学国際医療センターを後にした。これで元の生活に戻れるのだろうかと思ったが、まだまだ自宅でのリハビリが必要なのだ。だが、この病院に我が命は救われた。感謝しなければなるまい。ムチャス・グラシャス イ アディオス! 命の恩人バチスタ病院!



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