はじめに

 平成24年(2012)12月8日、小生ことドン・パンチョは3度目の心臓病で倒れた。最初は21年前の平成3年(1991)9月23日、心筋梗塞だった。右冠動脈が根元で詰まってしまって、心臓の1/3が壊疽(えし)してしまった。済生会川口総合病院に入院し11月1日まで病気治療に専念した。二回目は平成9年(1997)12月1日、6年ぶりの心臓発作で、また同じ病院に緊急入院した、病名は不安定性狭心症、検査入院のつもりが3週間にも及んだ。

心臓の冠動脈
心臓の冠動脈
 そして今回の心不全の悪化による緊急入院。やはり済生会川口総合病院の世話になった。当初はカテーテル検査で狭窄部を探り出し、経皮的冠動脈形成術、すなわち狭窄部のバルーン拡張あるいはステント留置による治療を受ければ、短期間で退院できるものと思っていた。ところが過去に二度も心臓病に倒れながら、その後も不摂生を続けてきた小生を神がそのまま許すはずもなかった。

 神が下した審判は意外に厳しかった。今度は左冠動脈主幹部がほぼ詰まりかけていて、早急にバイパス手術を施さなければすぐにも絶命の恐れがあるというものだった。済生会川口総合病院はカテーテル療法では知られた病院だが、バイパス手術の設備がない。そのため、すぐにでもバイパス手術をしてくれる大きな大学病院を物色してくれたが、埼玉医科大学国際医療センターが一番早かった。そんな訳で12月22日に国際医療センターに搬送され、27日にパイパス手術を受けることとなった。

 以下は、今回経験した小生の入院生活の記録である。本人はそれほど大変な出来事だったとの自覚は薄いが、かっての大学同期の学友を始めとする知人達は大いに心配してくれて、見舞いや励ましのメールを連日のように送ってくれた。その返礼として、日々の入院生活を闘病記録としてお伝えすることにする。

(平成25年1月20日 記す)



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