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| 国常立尊(くにとこたちのみこと)など5柱を祭る玉置神社の本殿 |
メ モ
【所在地】 奈良県吉野郡十津川村玉置川1番地 |
天然記念物に指定されている境内の杉の巨樹群
本殿の真後ろにある「神代杉」は推定樹齢3千年といわれる。さすがに頂は枯れて無くなっているが、往年の枝跡が冠をつけたような形で残り、そこにさまざまな宿り木が群生していて、その姿はまさに王者のような風格を漂わせている。最大の太さと高さを誇る「大杉」は、平成9年の測定では、胸高幹周りが約7.8m、高さが約40mに達するという。 簡単に3千年と言うが、我が国の有史以前からこれらの木々はこの地で枝葉を伸ばして成長し神々しい森を形作ってきたことになる。古代の人々にとって、神々の住み給う森として畏敬されたとしても、それは当然だった。社伝では、神武東征の際に、熊野に上陸した一行は八咫烏に先導されて当地まで進軍し、この地で兵を休めたという。もちろん、記紀にはそうした伝承は記載されていない。 さらに、時代が下って、崇神天皇の時代に、王城の火防鎮護と悪魔退散のため、速玉神をこの地に奉祀したという。玉置という社名はこの伝承に負っている。一方、今から1300年前、役役者(えんのぎょうじゃ)は大峰山を根本中堂とする修験道を開いた。この修験道では、古くから奥駈(おくがけ)と呼ばれる修行を行なうため、熊野から吉野に至る間に75の行場が築かれた。玉置山は熊野から数えて十番目の行場にあたるため、行者の往来が盛んだった。その結果、玉置神社は熊野三社権現の奥の院として日ましに繁栄を極めていったという。 だが、不思議なのは玉置神社に祀られている神々は、いずれも記紀神話でお馴染みの神たちである。その中で、國常立尊(くにとこたちのみこと)が主神として祀られているのは興味深い。実は、この神は天地開闢の初めに最初に出現した神で、『日本書紀』の冒頭に記されている。といって、ただそれだけで、特にこれといった事績を残した神ではない。そのように架空の記紀神話の巻頭を飾る神をこの地に祀られるようになった理由は、残念ながら寡聞にして知らない。 修験道の行場として開かれた玉置山は、標高1076mの名山である。時間がなくて山頂まで登れなかったが、晴天の日には、山頂からは熊野の沖が望まれるという。駐車場に戻る途中の参道を歩きながら、山伏の吹く法螺貝の音が聞こえないかと聞き耳を立ててみた。しかし、聞こえるのは、樹木の高みで一夏の命を燃焼すべく必死で鳴いている蝉の声だけだった。 |