2月7日(月曜日) 

鳴門観潮

大鳴門橋下の中渦潮
大鳴門橋下の渦潮



心の道場と呼ばれる徳島県は、関西方面から海を渡ってくるお遍路にとって、まさに玄関口にあたる。今でこそ明石海峡大橋と大鳴門橋の完成で、バスやマイカーを使って簡単に淡路島経由で阿波の国・徳島にアクセスできる。だが、以前はお遍路にとって一つの試練が立ちはだかっていた。鳴門海峡である。

大鳴門橋
四国側から見た大鳴門橋
小型高速観潮船うずしお
うずしお汽船の小型高速観潮船
1.3kmの狭い鳴門海峡では、瀬戸内側と太平洋側で海底に段差がある。そのため、潮の満ち引きの時、他では見られない巨大な渦潮が発生する。引き潮(南流)の時は紀伊水道・太平洋側に、満ち潮の時は瀬戸内側に渦潮が生じる。その潮の流れは半端な速さではない。特に大潮にでも遭遇すれば、直径20m以上に達する渦が逆巻くという。せっかくの四国入りである。かってお遍路を悩ましたにちがいない鳴門の渦潮を、見学もせずに通り過ぎることはない。


前8時15分に「JRなんば」駅を出発する高速バス「阿波エクスプレス大阪号」は、午前10時前後にバス停「鳴門公園口」を通過する。その手前で、娘が慌てて下車ボタンを押した。予定では、その先の「高速鳴門」で高速バスを降り、徳島バスで亀浦港まで戻って観潮船で渦潮を見ることになっていた。だが、鳴門公園の麓にある亀浦漁港でも、「うずしお汽船」という会社が小型高速観潮船のサービスを行っているとのことだ。なにも「高速鳴門」まで行く必要はないらしい。

鳴門橋の脇に円形の大鳴門橋架橋記念館(エディ)が建っている。あいにく本日は休館日だったが、記念館から下の鳴門公園バス停に下る小径があった。小径を下ってバス停で運行時間を調べていると、近くの土産物屋からオバさんが顔を出し、
「渦潮の見学でっか。下の船着き場から高速艇で3分ほどで鳴門海峡へ行けますよ」
と声をかけてきた。そして、この店で申し込まれたら、すぐに送迎バスを呼びますよと、まるで乗船客をすでに2名確保したとでも言いたげな顔色だった。

観潮船と大渦
観潮船と大渦 (うずしお汽船のパンフより)
金を聞くと、約20分のクルーズで1500円だという。オバさんからの連絡で、送迎バスがすぐに漁港からやってきて、我々を船着き場まで運んだ。ちょうど小型高速観潮船が女性客2人を乗せて戻ってきた。彼女たちと入れ替わりに我々が乗り込むと、観潮船はすぐに岸を離れ、速度を上げて大鳴門橋に向かった。

き潮の時、渦は大鳴門橋架橋から若干太平洋側で発生する。観潮船が大鳴門橋の真下を通過するころ、海水が太平洋側に向かって大河のように流れ出ているのがはっきりと目撃できるようになる。この日の干潮は、午前10時40分をはさんで前後1時間くらいとのことだ。残念ながら大潮にはならず中潮程度だという。それでも、海水の大きなうねりが盛り上がり、渦を巻き、泡だって流れ下っている。

潮は一カ所で常時発生している訳ではない。一つの渦が消えると、別の場所で違う渦が生じる。渦に巻き込まれるたびに、観潮船のエンジンがオーバヒートするくらいにスピードを上げるが、梶が効かないのかなかなか渦から抜けきらない。

「すごい!、すごい!」 初めて見る光景に、娘はすっかり興奮状態に陥り、歓声を連発している。後で知ったのだが、大鳴門橋の補剛桁の空間に遊歩道が設置されていて、その先端に展望室があるとのことだ。展望室は海面から45mの高さに位置し、眺望ガラスを通して、激流に渦巻く海面をのぞき見ることができるという。



第一番札所 竺和山(じくわざん) 霊山寺(りょうぜんじ)

霊山寺山門
霊山寺の山門

 データ

【宗派】高野山真言宗
【本尊】釈迦如来
【真言】ノウマク サマンダ ボダナン バク
【開基】行基
【住所】徳島県鳴門市大麻町板東126
【交通】JR高徳線「板東」駅から徒歩10分。 車/鳴門ICから9km
【宿坊】休業中(民宿を紹介)


 いざ四国遍路発願の寺へ

って四国八十八カ所巡りのお遍路たちは、難儀な鳴門の海を渡ってやってきた。舟で鳴門に着くと、彼らは撫養街道(むやかいどう)から四国巡礼の旅をスタートさせたという。明石海峡大橋と大鳴門橋ができたことで、本州と四国は淡路島を経由して結ばれた。関西方面と徳島は今や高速道路で結ばれ、渦潮で名高い鳴門の海も、マイカーや高速バスでひとまたぎである。

は何事も形から入る性格らしい。四国霊場を歩き遍路で巡拝するには、まず遍路用品を揃えなくっちゃと、張り切っている。服装や所持品に対して特に決まりはなく、全く自由だそうだが、娘の頭の中には、白衣(はくえ)を着、頭陀袋(ずだぶくろ)を下げ、菅笠をかぶり、金剛杖を持った自分のイメージがすでに出来上がっているようだ。遍路用品は四国霊場でも門前店でも取りそろえることができる。だが、娘は第一番札所の竺和山霊山寺で取り揃えるつもりでいる。

鳴門駅のホーム
JR鳴門駅のホーム
はちゃっかりと霊山寺までの交通の便を調べあげ、今夜の宿舎となる民宿を予約していた。鳴門公園バス停から徳島バスでJR四国の鳴門駅に出て、そこから鳴門線で「池谷」駅まで、さらに「池谷」駅で高徳線に乗り換えて次の「板東」駅まで行き、後は徒歩だという。出発までに時間があったので、鳴門駅近くのうどん屋に入って昼食を取った。せっかく四国まで来たのだから、讃岐うどんを食べなくっちゃ、とは娘の言い分である。入った店はセルフサービスの店だった。

会暮らしに慣れた我々には、地方都市の風物には一種の戸惑いを感じる。まず始発駅であり終着駅でもある鳴門駅では、若い二人の女性駅員が働いているだけだ。切符の販売から改札など、すべて二人で処理している。乗る電車は二両編成のワンマンカー。車両の後部から乗り込んで整理券を取り、降りるときは車両の前部で運転手が料金を徴収している。正規に乗車券を購入しているにもかかわらず、なぜか整理券を取ることも要求されている。乗客は年老いた女性と女子高校生が数人といったところ。おそらく運行する列車の本数が少ないため、地元の住民はほとんどマイカーを利用しているのだろう。

「板東」駅
JR高徳線の「板東」駅
り換えの「池谷」駅も無人駅。駅の待合室は鍵がかかったままで、凍えそうな北風が吹きすさぶホームのベンチでかなり列車待ちをさせられた。「池谷」駅から一つ目の「板東」駅も無人駅。下車したのは我々二人だけで、駅前から民宿までの商店街の通りは、人影が全くない。一番札所の四国霊場がある土地だから、門前町としてそれなりの賑わいを想像していたのだろう。
「まるでゴーストタウンだね」
娘はあっけに取られたように、シャッターを降ろした店の多い通りを見渡しながら思わずつぶやいた。

夜の宿として予約した民宿「阿波」は、霊山寺の門前にあった。とりあえず荷物を民宿に置いて、遍路用品を揃えるために霊山寺に向かった。宿の主人は、時間があるから二番札所まで足をのばせますよとアドバイスをくれた。


マネキン
遍路用品を纏った可愛いマネキン
路用品売り場は霊山寺本堂横にある。実にいろいろな品が揃っている。娘は予算の都合でとりあえず最低限のものだけにしようと言う。そんな訳で、白衣、金剛杖、菅笠、頭陀袋(さんや袋ともいう)、納経帳、納札(おさめふだ)、ロウソク、線香を二人分買い、さらに筆者用には輪袈裟と数珠も購入してくれた。それでも、3万円近い出費となった。

入した遍路用品を部屋の隅で身につけていると、店のオバサンが「四国遍路 作法とお経の意味」というタイトルの小冊子を渡してくれた。そして、本日のお参りのために、まず何枚かの納札に自分の住所と名前を書きなさいという。書き終わると、小冊子を開いて遍路の作法について説明してくれた。どうやら遍路にもさまざまな作法やマナーがあるらしい。

りがかった僧形の男性が、さらに次のようにコメントしてくれた。
「とにかく霊場では勤行次第を守って、しっかりお経をあげるように心がけなさい。最近は先を急ぐあまり、ろくにお経もあげないで立ち去るお遍路さんが多い」
勤行次第とは、開経偈(かいきょうげ)や般若心経、光明真言、大師宝号、廻向(えこう)などをいう。早速、予行演習を兼ねて、霊山寺の本堂と大師堂でお参りすることにした。


 空海が定めたとされる四国八十八カ所の一番札所

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霊山寺の本堂 霊山寺の大師堂

伝によれば、この寺は天平年間に聖武天皇の勅願で行基(ぎょうき)が開基したとされている。弘仁6年(815)、弘法大師が四国に八十八の霊場を開くことを決意して四国の地を踏んだとき、この寺に逗留した。そして21日間の修法を行ったところ、釈迦如来が天竺の鷲峯山(じゅぶせん)で説法している姿を感得したという。そこで、天竺の霊山を和国(日本)に移すという意味をこめて、寺号を竺和山霊山寺(じくわざん りょうぜんじ)とし、四国八十八カ所の一番札所と定めたとされている。

道12号線に面してそびえる重層の山門の前で合掌し、一礼して境内に入ると、まず手水舎(ちょうず)で手を洗い口をすすぐ。次いで、服装を整え、輪袈裟をかけて数珠をもち、本堂向拝に向かう。大きな屋根の本堂は正面の石段の上に位置している。さすがは一番札所だけあって、本日も参拝客が多かったのだろう。薄暗い堂内に線香の煙が充満している。納札入に納札を入れ、灯明、線香、賽銭をあげる。 後続のお遍路のために、ローソクは上段、線香は中央に立てるのがマナーとされている。

尊を念じ、合掌し、心静かにお経を唱える。残念ながら初めての経験で二人とも仏前勤行で唱えるお経の節回しを知らない。そのための用心として、あらかじめMDに般若心経などの読経をコピーしておいた。MDから流れる読経の声を二人はそれぞれイヤホンで聴きながら唱和した。他人から見れば、イヤホンで音楽を聴きながら読経するなんて、なんと不謹慎な親子と思えたであろう。

堂での仏前勤行が終わると、大師堂に行き、本堂と同じ要領で参拝した。以後、同じような作法をそれぞれの札所の本堂と大師堂に繰り返すことになる。大師堂での勤行が終わった後は、納経所に足を運び、そこで所定の納経料(300円)を支払って納経帳に御朱印(宝印)を捺して貰う。だが、霊山寺の売店で納経帳を購入した場合は、すでに御朱印が捺されているので、その必要はないとのことだ。



第二番札所 日照山(にっしょうざん) 極楽寺(ごくらくじ)

極楽寺山門
極楽寺山門

 データ

【宗派】高野山真言宗
【本尊】阿弥陀如来
【真言】オン アミリタ テイセイ カラ ウン
【開基】行基
【住所】徳島県鳴門市大麻町檜段の上12
【交通】JR高徳線「阿波川端」駅から徳島バス大寺行き、「2番札所前」下車、徒歩15分。 車/藍住ICから約15分
【宿坊】あり (п@088-689-1112)


境内に弘法大師お手植えの「長寿杉」がある第二番札所

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極楽寺の本堂 極楽寺の大師堂

番札所の極楽寺は、一番札所霊山寺から県道122号線を1.4キロほど西に行ったところにある。どの霊場も納経所は午後5時で閉じることになっている。それまでにはまだ時間があったので、極楽寺まで足をのばすことにした。県道は車の往来がけっこう激しい。歩道を歩いていると、低くたれ込めた雲から水滴が落ちてきた。天気は下り坂で今夜から明日朝にかけて雨模様とのことだ。


衣(はくえ)の背中には、大師宝号である「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と大書されている。「南無」とは帰依すること、「遍照金剛」とは空海が唐の都・長安の恵果阿堯梨(けいか・あじゃり)和尚から与えられた灌頂名である。弘法大師の教えを信じ、自分を大師に任せるという意味が込められていて、参拝の際に大師宝号として3回唱えるが、遍路同士の挨拶言葉としても使われる。

方、手に持つ金剛杖にも「南無大師遍照金剛」と書かれ、さらにその下に「同行二人(どうぎょうににん)」と書かれている。巡拝する時、たとえ一人であっても、常に弘法大師と一緒という意味だそうだ。金剛杖はいわば弘法大師その人で、いつも一緒にいてお遍路を護ってくれている。したがって、金剛杖を粗末に扱ってはならないとされている。


「長命杉」
弘法大師お手植えの「長命杉」
楽寺の山門は朱色が鮮やかだ。一番札所霊山寺と同様に、極楽寺も行基の開基と伝えられている。弘法大師はこの寺でも21日間修法を行ない、結願の日に阿弥陀如来を見、その像を刻んで本尊としたという。その本尊を祀る本堂は、境内を入って右手の石段を登り切ったところにある。現在の本堂は万治2年(1659)に再建されたもので、国の重要文化財に指定されている。大師堂は、本堂の右奥に屋根に雪を抱いてひっそりとたたずんでいた。

内に紅白の綱を結んだ「長命杉」がある。弘法大師お手植えの杉とされ、樹齢1100年の大樹である。傍らに立てられた説明板によると、この長命杉は千年の風雪に耐えた霊木で、古来より老杉の霊気を受けると家内安全・身体建康を得、長寿を授かるとの言い伝えがあるという。

楽寺の納経所は売店の中にある。売店のオバサンが親切にもお経の順序を教えてくれた。本堂と大師堂ではお経の順序が若干異なる。大師堂では光明真言はいらないらしい。また、本日歩き遍路で御朱印を求めた巡拝者はたったの5人、それに対しバスツアーでの巡拝者は36名だったと教えてくれた。やはり、今の時期は遍路のシーズンではないらしい。本格的なシーズンは今月の終わり頃からとのことだ。



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